恋に盲目とは?【愛がなんだ】から紐解く、人が恋愛をする理由

Self Love/Care

愛をテーマにして生きています♡yasukaです。

今回は、ひとはなぜ恋愛をするのか。

考えるきっかけになるような映画を1つ紹介します。

女は耳で恋をする

『あなたのためを思って言ってるんだよ』

生きていれば一度は出くわすこの言葉。

だけど、

伝わらない愛なら、ただのエゴなのだ。

男は目で恋をして、女は耳で恋をする。

そういう言葉があるように、

【恋に盲目】とは”女”にとっては

まさにそういうこと。

恋愛は鏡の法則

性欲・睡眠欲・食欲が

ニンゲンの三代欲求だっていうみたいに、

生きるをする中で他者への愛は

“自分”をつくる1つの大きなポイントになる。

私たちは食べ物で体をつくります。

睡眠で自分をアップデートします。

そして恋愛で、深く自身を理解するのです。

愛とか恋とかを抱く相手こそ

何よりもの自分の鏡。

まるで自分じゃ確認できない奥深い所まで

あなたを連れて行ってくれるみたいに。

良いところを映してくれる時もあるし、

今はまだ見たくない私まで映しだされる場合もある。

『鏡の法則』をご存知だろうか?

これには2パターンあって、

1つは、自分とよく似た部分が相手に映る

(類は友を呼ぶみたいな)というもの。

もう1つは、自分だけでは掴みきれない自分像が相手を通して映されるというもの。

より深く自分という人間を知るための

鏡のパターン。

そう。恋愛は『2つ目の鏡』な事が圧倒的に多い。

どうしようもないダメ男に引っかかった時は、

相手がどうしようもないというよりも、

自分がどうしようもない時だと思う。

だいたいその事実に気づくのは

恋が終わったあとなのだけれど。

恋愛していても悩むし、恋愛できなくても悩む。

私たちは、デフォルトのように『恋愛』

というものを人生の流れに組み込んでしまう。

それは一体なぜなのだろうか。

この映画はその答えを

教えてくれている気がするのだ。

傷つく覚悟も傷つける覚悟も、愛

何度すれ違っても、分かり合おうと努力するのは

“好きな人”だから。

家族とも親友とも違う好きが

本当の自分を知るために、一役買って出てくれる。

熱がでていて、フラフラで、

コンビニにも行けないんだ。

もしもなんだけど、、ついででいいんだけど、、

なんて最強に弱りきった声で『たすけて欲しい。』

と片想いの相手からSOSがくる。

盲目な乙女なら、大抵は勘違いしてしまうもの。

だってそんな一大事にご指名を受けたのだ。

なんのついででもなく、

残業ヘトヘトで家についたばかりだとしても、

頭にシャンプーつけていたとしても、

着信がくれば”わざわざ”向かってしまうのは

バカなんだよなぁ。

Uber eatsか?のごとく食糧をとどけ

ついでにごはんを作ってあげる。

そして、終電はもうないのに家から追い出される。

好きな人の好きな人を紹介される。

友達のフリしないと会えないから

飲み会に呼ばれれば人数合わせでも会いに行く。

都合よく使われているに決まってるけど

気づくことができないのは

恋に盲目だから。

好きでいることを

諦めるという、自分が傷つく覚悟。

それは愛なのです。

好きでいられることを

諦めて欲しいと伝える、相手を傷つける覚悟。

それもまた、愛なのです。

どちらも“大切” だからこそ選べる事だから。

2019年公開の映画

【愛がなんだ】

この物語はその傷つく覚悟も傷つける覚悟も

どちらもできない、主人公の山田テルコ。28歳。

好きな人のために、仕事も辞めて友達までもなくす。

執着が強めな恋愛依存症。

“付き合って”と言える勇気もないまま

うやむやな関係性を続けるテルコ。

キスもする。それ以上もする。

けれど”彼女”ではないのだ。

相手に都合よく使われ、自分をすり減らす。

それでもいい。

このうやむやさは大人の恋だと美化する。

そんなわけはない。

傷つく覚悟も、傷つける覚悟もないうえに

『私は傷つきたくない!』

とすら主張できないのだから、

もうどうしようもない。

どうしようもないダメ男に引っかかった時は、

自分がどうしようもない時なのだ。

何があってもその人がいいテルコは、

実のところ相手への執着を通り越して

誰かに必要とされる自分

人を愛せる自分自身に執着しているのかもしれない。

恋愛とは究極の自己投影

みんな、他人のことなら馬鹿だなぁ。

ともおもえるし、その盲目さとも

一歩距離を取ることができる。

なのに自分のこととなると

なぜだか直視できないのである。

ということも、フィルムを通して教えてくれる

愛がなんだというこの作品。

頭ではわかっていても心が理解しないと

身体は動かないもの。

これはたぶん、恋愛に限らず

仕事とかダイエットとか親子の関係とか

そういうのでも出てきてしまう。

理屈でどうこうできないことや

まだ向き合いたくないこと。

自分1人では踏み込めない領域が自分の中で

確かに存在する。

だからこそ、

人は恋とか愛をするのではないだろうか。

その他多くのことでは向き合えなかった

どんなに見たくない自分とも

向き合う覚悟が湧いてくるから。

愛とか恋とかを、

したりされたりする相手の幸せを願うことは

結局のところ自分の幸せを願っている気がする。

しあわせになってね。と別れる時

目の前の好きな人を通して

その奥に潜む自分にも伝えているみたい。

どんな恋愛をしているか は

今どんな自分なのか とよく似ている。

やっぱり恋愛って究極の自己投影だ。

恋に盲目、実は幸せ?!

本当に大切なことって、

目には見えないことの方が多い。

あなたとして生まれてきた中で

死ぬまでにどれくらいあなた自身を

理解してあげられるだろうか。

見える情報を閉ざす事で聴こえるものがある。

よりクリアに。より鮮明に。

盲目に誰かを愛せるというのは、

今まで過ごしたどの日常よりも、見えない自分と

深く向き合える期間なのかもしれない。

バカだね って言われる経験も

そこからしか学べないわたしが

確かに存在している。

みっともない自分とすら、出会ってみたいのだ。

『私の奥底』に気づかせてくれる人と

出会える事って実は幸せなんじゃなかろうか。

ともなると、恋に盲目って

実は、幸せなんじゃないだろうか。

恋をする。愛をする。人へじゃなくとも

家具や本や音楽や自然へでも。

私達は、何かを愛することを通して

より深く、自分自身を理解する。

どうしようもない相手に惹かれているのは、

どうしようもない自分を鏡で見ているのと一緒。

だけど、こんな経験は

女の子なら1つや2つあってもおかしくない。

随分昔に終わらせたか

熟された後に経験するか

それだけの違いだから。

【愛がなんだ。】

このタイトルをあなたなりにぜひ考えてみてほしい。

私には、愛とかうるせーよ!

という叫びにもきこえます。

今、恋をしてる人も、

長らく人を好きになってない人も

既に愛を知っている人も、

まだ知らない人も

眠れない退屈な夜に見てみてはいかがでしょう?

yasuka

Yasuka

愛媛生まれ愛媛育ち、 既にあるギフトに気づき本物の意味での"女の子を楽しむ" をモットーに生きています!

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