ホリスティックの始めかた

ホリスティックな生活はハードルが高い!
そう思っている方も多いのではないでしょうか?
その理由の一つに、「ホリスティック=ホリスティック以外排除」という完璧主義的思考があるように思います。
今日は私のホリスティックにまつわる完璧主義エピソードと現在の考え方をご紹介します!
家族から自分への完璧主義
私が無農薬無添加の食事にしたいと言ったとき、家族から「そんなこと言ってたら外食できないよ?」と言われました。
たまの外食を楽しむために日頃の食事を整えよう、できることから変えていこう、ということなのに、なぜ無農薬無添加以外食べない!と捉えられたのか理解できませんでした。
また、病院に行きたくないと言ったとき、抗がん剤を拒否して亡くなった芸能人の名前を挙げて「そんなこと言って死んだ人いっぱいいる」と言われました。
癌になって抗がん剤を投与するかどうかと、ちょっとした症状でいちいち病院に行くかどうかは別の話だと思うのです。
こう文字に起こしてみると、私の言い方も悪かったんだろうなぁと思いますね。
自分から自分への完璧主義
家族から上記のように言われるということは、内心自分でもホリスティック=ホリスティック以外排除、と思っていたと認めざるを得ません。
特にホリスティックな知識を学び始めた頃は、これまでの生活がいかに健康に良くなかったかを思い知らされることばかりでした。
どうしてこんなバカなことばかりしていたのだろうと自分を責め、どうにか健康な状態を取り戻したいと一心不乱でした。
ホリスティックで健康になるどころか、ホリスティックに縛られて、自己否定して、心が全然健康ではないですよね。
完璧にできていないから完璧主義でないのではなく、完璧でない自分を責めていればそれは立派な完璧主義なんだなぁと気付きました。
完璧主義が100%悪いわけではないとも思いますが。
自分から他者への完璧主義
そして私は勝手にホリスティック情報を発信してくれている方にも完璧主義を求めていました。
ホリスティックな内容を発信している方が「ニキビできました」と言ったら「日頃どんなに良いもの食べててもニキビできるんだ」と思い、「腹立つことがありました」と言ったら「添加物抜いてもメンタル荒れることあるんだ」と思ってしまっていました。
だから自分も不調が出ると「なんで⁈こんなに健康に気をつけているのに!」と失望して、症状の辛さよりも、メンタルの辛さが上回っていました。
(ちなみに、エネルギー不足だと炎症すら起こせないと最近知りました。まだまだ勉強不足なのでふーん。くらいに聞いておいてくださいね。)
たった一つでいいんです
例えば親子丼を作るとしましょう。
出汁は市販のものじゃなくて鰹節からとりました。けど、鶏肉はパックに入っていて抗生剤不使用かわからない、卵は平飼いじゃない、玉ねぎはスーパーで買ったもの。
前の私だと、家族に理解があったらこだわった鶏肉買えるのに、お金があったら平飼い卵買えるのに、近くに直売所でもあれば無農薬の玉ねぎ買えるのに、とできなかったことばかりに気が向いていました。
しかし、今の私なら、鰹節から出汁とってえらい!!とできたことに目を向けることができます。
たった一つでも行動すれば、それはホリスティックな生き方をしていることになります。
私たちとともに、ホリスティックな生き方を楽しんでいきましょう!