【これさえあれば!】というものはないことに気づいた話

Self Love/Care


私は幼いころから可愛いと言われたことはほぼありません。


おそらくそれは私が可愛くなかったからではなく、

「しっかりしてる」が可愛いを大幅に上回っていたからです。


幼いながらに褒められることが嬉しくて、どんどんしっかりしてる面を伸ばしていきました。

いつしか周りの私への評価は「しっかりしてる」から「頭が良い」に変わっていきました。


体育も美術もひどい有様で、友だちもろくにいませんでしたが、勉強ができるということで私の自尊心は保たれていました。

勉強さえできれば、何不自由なく生きていけると思っていました。

そんな私にも大きな壁にぶち当たる日が来るのです。

1.井の中の蛙大海を知らず

私が「頭が良い」と褒めてもらっていたのは地元の公立中学校に通っていた頃。


進学校の高校に入って、周りがみんな地元で「頭が良い」と言われていた人ばかりなので、

そこで「頭が良い」と言われるのは容易ではありません。

残念ながら私は高校では「頭が良い」と言われることはありませんでした。

待ち受けていたのは「何の取り柄もない、欠点だらけの自分」でした。
勉強さえできればと思って生きてきたのに、その勉強ができなくなったのです。
劣等感にまみれ、自信のかけらもない高校生でした。

決定打となった大学受験失敗を通して、私はある答えに辿り着きます。

私は勉強さえできればと思っていたのが失敗だったんだ!

勉強も趣味も家庭も満遍なくできれば、一つで失敗してもこんなに落ち込むことはない!

この答えは今の私にとって正解でもあり、不正解でもあります。

ではどこが不正解なのでしょう?

2.そもそも何かできなければいけないのか?

今の私が辿り着いた答えは、私が毎日楽しく生きるために、

勉強や趣味や家庭は本当に必要なのか、ということです。

特段、仕事や勉強ができなくても、ハマっているものがなくても、

結婚していなくても、私の毎日を彩るものはあちこちにあふれています。

学生時代の私に必要だったのは得意を分散させることではなく、

すぐそばにある幸せに気付くことでした。

やりがいのある仕事があること、帰る家があること、美味しいご飯を食べられること。

私は幸せを感じるために生きているのであって、欠点を埋めるために生きているわけではありません。

目的と手段が捻れていた典型例ですね。

3.それでもバランスは大事

勉強も趣味も家庭も満遍なくできれば、の正解の部分はバランスです。

私は一つのことにハマると他を忘れて熱中する傾向にあります。

(ちなみに太陽星座のエレメントは火です。関係あるかな?)

最近は仕事に費やす時間が多く、このまま没頭してもいいかな、

と思ったりするのですが、そんな時は過去を振り返り、

道を一つに絞って失敗したことを思い出します。

仕事が忙しい時ほど、通勤時間は趣味を楽しんでみたり、

友人との時間を大切にするようにしています。

私たちの毎日の幸せにこれといったものは必要ありません。


強いて言うならば、私は私のことを絶対に幸せにする、という覚悟くらいでしょうか?

Shion

Shion

健康意識高い系の会社員。 天才・秀才に囲まれた高校時代・大学受験失敗により、大きな挫折感を味わうとともに、自分の人生を見つめ直すきっかけを得る。 また、体型...

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