【当たり前】を大切に生きる

Health

▶︎毎日平和に朝を迎えること

▶︎見上げた空が青いこと

▶︎食べたいものが食べられること

▶︎家族の笑顔が見られること


どれもどれも「当たり前」なことのようで「当たり前」では決してない。
世の中の多くの人が多くの「当たり前」を「当たり前」と

思い目の前の小さな幸せに気づかずに時に、

目の前の小さな幸せにすら機嫌を損ねながら生きていたりもする。



迎え火だった昨日今年で91歳になる祖母のところへ久しぶりに会いに行った。
面会手続きを済ませると施設の人からハンドスピーカーが手渡され祖母とはガラス越しの対面だった。
祖母の手を握ることは出来ず大好きな食べ物を口に運ぶことも出来ず耳元で優しく話しかけることも出来ず
今までの「当たり前」が全て「当たり前」でなくなっていた。
そんな無機質な空間と時間の中で私は終始胸が詰まる思いになりスピーカーを渡されても言葉がほとんど出なかった。



そして昨日は3月に急逝した父の初盆でもあった。
実家のお仏壇はお盆仕様になり飾られている写真も増えていた。
父と母が出会って初めて撮ったという写真トレードマークだった笑顔いっぱいの写真生前からお気に入りの一枚だった家族写真
どれもまだまだ懐かしい父の姿でリビングに行ったらいつも読んでいた経済誌を片手に
「よっ!いらっしゃい」と
待っていてくれるような気すらしてきた。
だけど、もう私の父はいない。
3月30日なんてことない平日の夜夕飯の支度をしていた時に突然鳴り出した着信音。
10年の長い闘病生活であった父の容態が急変し救急搬送されたとの連絡だった。
搬送先の病院に向かいたいもののアルコールを口にしてしまっていたことで私は自由に身動きが取れず自分のいつも通りの何てことのない行動に苛立ちすら覚えた。


いつもなら「当たり前」につかまるタクシーも中々つかまらず。
やっとタクシーに乗ることができたものの妹からは「まだつかないのか」と何度も着信が入りそんなやりとりの最中に父は静かに息を引き取った。
私が病院に到着しその時握った父の手はすでに体温が下がり始めていた。
父と話すことも温かい手を握ることも今まで意識したことがないくらい「当たり前」だったことが突然、その夜「当たり前」ではなくなった。
親の死に目に会えない
そんな悲しいことは私にとっては「当たり前」なはずもなく誰もがいつか経験する親との別れは「当たり前」に私も見届けられるものだと今までどこかで信じていた。



祖母と父のことは私にとってここ半年足らずで経験した「当たり前」が「当たり前」でなくなったこと。
出来れば経験したくなかったこと。
だけどその経験のおかげで私は「当たり前」なことに気づくことができそこに「感謝」し「喜ぶ」ことのできる心が自然と身についていた。
今まで一喜一憂していたことに心が奪われることはなくなったしどんな状況も楽しめる「お得な性格」にどんどん変わっていった。



2021年10月
今まで「当たり前」であったことが突然「当たり前」でなくなり我が家はそれから10ヶ月経った今も大きな「当たり前」をひとつ失った状況の中にいる。
その状況は何年続くかも分からないし生涯向き合わなければならなくなるかもしれない。
この事実を知っている周りの人からは
「こんなことを抱えているなんて誰も思わないくらい本当前向きだよねぇ。」
「どこからそのパワーはくるの?」
なんて言われるくらいケロッとみえる私。


そりゃ当たり前生きていくのに後ろを向く理由は今の私にはない。
ここに書ききれない程の後ろを向きたくなるような経験が「当たり前」を大切に生きる今の私を作っている。
これからも自分の目の前で起きる全てのことを丸ごと大きく受け止めて笑い飛ばして進んでいけたらと心底思う。
そして最高で最幸なワクワクする笑顔をこれから周りにどんどん循環していくんだ。

Yuui

大学卒業後、公立中学校国語科教諭として勤務。毎日生徒一人ひとりと交換ノートをしたり、生徒の「個」を大切に全力で向き合ってきた。 31歳で産休に入り、8年間の...

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